CommonNoun’s diary

予習をする。原典にあたる。

『幻想再帰のアリュージョニスト』を読め

 一番言いたいことを先に言うと、web 小説『幻想再帰のアリュージョニスト』(以下『アリュージョニスト』)を読もうという話です。

 

 こちら私が最初に読んだなろう小説になります。異世界転生モノです。あまり有名ではないが Twitterはてなブログにコアなファンがいるみたいです。何かしきたりとかあったら面倒なのでリンクは貼りませんけど何件か紹介記事がすでにあるので検索して読んでみてはどうでしょう。この記事より参考になると思います。 

 

 ここ 3 ヶ月くらい学業に追われたり Twitter 小説のログを読んでいたり*1して更新を追えていなかったので、年内に最新話まで追いつこうとして今朝(12 月 30 日朝)最新 5 話ぐらいを読みました。それで『アリュージョニスト』の良さを再認識したのでこうして記事を書こうと思い立った訳です。最新話あたりの話はしません。

 

 それ以外で宣伝とかしていないしはてなでの交流などもないので当たり前ですけど、このブログへは Twitter 経由のアクセスがほとんどなんですね。つまりこのブログへのアクセス者はだいたい Twitter アクティヴフォロワーと言えます。となると数学徒や言葉遊び手が多いのでは? と思うわけです。言葉遊びの人はもうそんなにいないかな。

 

 これは偏見ですけど数学の人や言葉の人はこの小説を気に入りそうだと私は思っています。人を選ぶ小説ですが貴方はたぶん選ばれます。

 

 そうでないって方もまあとりあえず「3-7 言理の妖精語りて曰く」まで読んでみてください。長い! という方のためにいきなりでも読めるやつを挙げておくと「死人の森の/断章取義のアリュージョニスト」とか「『チョコレートリリーのスイーツ事件簿Season2 Case14. アズチョコに挑め!』」とかでしょうか。あとスピンオフの『アリス・イン・カレイドスピア』もいいかも。

 

 以下作者のあらすじに含まれない情報が出てくるし、その中にはなるべく避けたつもりですがわりと核心的なものもあると思うので、まっさらな状態で読みたいという人は下のリンクから読みに行ってください。

ncode.syosetu.com

 この作品はダブル主人公制ですが、その一人転生者シナモリアキラは元の世界・今より少し未来の日本ではサイバネ格闘家で殺し屋でした。殺し屋といっても、主な仕事は自殺幇助です。「異世界転生保険」の契約者を事故などに見せかけて殺し、本人の希望通り異世界に転生させることを専門とする彼のような人は、トラック運転手と呼ばれます。異世界転生保険と言いましたが、そう、この未来日本では異世界転生が技術として確立しています。主人公もその技術により転生したのです。

 

 そしてサイバネ格闘家の方ですが、アキラは右手を機械で置換しており、また脳もいじっています。脳をいじって、例えば一方で戦闘において膨大なデータを参照して最適な行動をとれるようにし、他方で感情を制御して常に冷静に戦えるようにしたり、人を殺したときの罪悪感を消せるようにしたりしているのです。彼はそうでもしないと人なんて殺せません。それは人間としては当たり前かもしれませんけど、殺し屋には向いてなさげですね。向いていなくても殺し屋ができる、戦闘ができる、それが技術です。オタクが好きなやつですね! (オタクっていうか私が好きなやつですかね。以下何度か出てくる同じ文にもだいたい同じ注意が付されていると思ってください)

 

 そんな彼が、もう一人の主人公・呪文使いアズーリア・ヘレゼクシュとともにフロアボスに挑むのが第 1 章です。呪文使いです。この世界には「呪術」が存在します。呪術的思考とか感染呪術とかの呪術です。ファンタジーでよく出てくる魔法や魔術とかいったものとは趣が異なるように思われます。

 

 呪術というと地味そうな印象を受けるかもしれないし、実際作中では呪術師以外から見ればただにらみ合っているだけにしか見えない「呪術戦闘」も描かれますが、炎がバーー! 雷がドカーン! って感じの派手な呪術もあります。後述しますが呪術では「それっぽさ」がすごく大事なので。

 

 呪術は人間の営みを類推によって拡張するものとして位置づけられ、そのアプローチによって四つに分類されています。「呪文」はその一系統ですね。世界は言葉からなっているとして解釈によって世界に干渉するみたいな感じです。呪文は言語の拡張です。

 

 フロアボスと言いましたが、この世界は二枚の面とそれを突き刺すいくつかの棒から成り立っており、棒は層状の構造をしています。で舞台となるその一本は各層の迷宮(ひろい)に下の面の勢力のボス「地獄の十九魔将」(かっこいい!)の各々がいるんですね。そいつのことです。一応主人公サイドである上の面の主勢力としてはそいつらを倒して棒を降りていこうとしています。下の面のやつらは登ってこようとしています。目下衝突が起こっている第五階層にシナモリアキラは転生してきたのです。 

 

 そうそう、この話第 1 章の間(第 2 章初期も)は言葉が通じなくて主人公は身振り手振りとかでやっていくんですね。これもオタクが好きなやつですね!

 

 すごい技術を持ち込んだ主人公が無双するという寸法ね、と思ったらもっと強いやつがいてボコボコにされるのが第 2 章です。この第 2 章あたりから呪術が前面に押し出されてきます。呪術というのは「それっぽいものは実際そうなる」「説得力とノリがあれば何でも起こりうる」みたいなやつです。めちゃくちゃですね。

 

 例を挙げるとこの世界での電脳戦(そう、インターネットみたいなのがあるんですねこの世界)ではキーボードをすごい高速で叩くという戦法があります。タイピングが早いと凄腕ハッカーっぽいからです。また主人公をボコる「修道騎士団守護の九槍」(かっこいい!)の第九位の人は、上の面の英雄なのですが、英雄であり続けることによりいわゆる主人公補正を得ているので負けません。(しかもチート能力を複数持っておりやばい。)物語の流れ的にはこうなる、という理屈が現実を曲げて実際にそうならしめるんですね。

 

 あとすごいかっこいい呪術として、「宣名」というのがあるのでついでに紹介します。これは(場合によっては意味を添えて)名前を名乗ると自己を強化できるというものです。みなさん登場人物が名乗りを上げるシーンとか好きですか? 好きでしょう? ああいうのがさらにかっこよくなるんですよ。

 

 宣名の例を引用すると内容の核心にふれそうなので本編を読んで欲しいと思います。第 3 章での説明を引用すると

「たとえば『炎』という意味の名前を持つ者がいたとする。『自分は炎という意味の名前を持つものだ』と宣言することで、その認識が名乗ったほうと名乗られたほうの間で共有されるわけだけど」

 つまり、たとえ音声で名を告げても意味が理解されなければそれはただの音の記号でしかない。意味を沿えて伝えることで、始めて【宣名】という呪術は成立する。そしてそこには大きな落とし穴が存在するのだ。

「火種に水をかければ消してしまえる、と弱点を白状しているも同然ですよね」

「そう。でも同時に、自分は形なく周囲に広がりすべてを焼き尽くすものである、という自己認識を強固にする契機にもなりうる。自己への確信が強く、己を 『消えない炎である』と認識し続けられる者にとって、名前を知られることは弱みを握られることではなく強みを曝け出すこと。そしてそれを不用意に知ってしまった方は、強すぎる認識に逆に飲み込まれることになる」

…………
「宣名者の確信に引きずられて、相手を『自分などでは決して消せない炎だ』と思い込んでしまう。共有した認識が仇となって、自ら敵の力を強大にする現象 ――これが、近代以降の呪術戦闘で『宣名』が有効だとされるようになった理由。相手の名前を探り合う近代以前の呪殺合戦とは違う、名前と自己認識を押し付けることによる世界観のぶつけ合い。…………

幻想再帰のアリュージョニスト - 3-4 天の鴉と月の兎

 補足するとこの世界では認識が現実を書き換えます。その原理に基づいた呪術系統が世界観の拡張、「邪視」ですね。見るだけで発動する強力な呪術です。宣名の話に戻りますが、強い呪術師になると「宣名圧」で敵を吹き飛ばしたり昏倒させたりできます。

 

 一般的に名乗りを上げるのってかっこいいんですけど、登場人物が名乗る必然性があった方が面白いわけですね。知らんけど。「名乗る人がかっこいいと思っているから」「そういう決まりだから」とかでもいいんでしょうけどここでは「名乗ると強くなるから」という理由付け*2が採用されています。

 

 第 3 章では主人公代わってアズーリア・ヘレゼクシュのお話です。作者は非推奨としていましたが、第 2 章を飛ばしていきなりここを読むこともできると思います。第 3 章はまたカラーがガラッと変わってきます。かわいい女の子がいっぱい出てきて互いに何らかの感情を向け合います。オタクが好きなやつですね。(これは私は必ずしも好きとは限らないやつですね。第 3 章は大好きですが)

 

 関係性と言えば、自分と他者、人も道具も、とのつながりによって世界をとらえる関係性の拡張としての呪術が「使い魔」です。使い魔の呪術はよく分からないところが多いのですが、例えばわれわれの想像する魔法使いがするような動物の使役、それから社会の形成などです。

 

 アズーリアに話を戻しますが、彼女はわれわれの思う自我というものを持ちません。また本来定まった形も持ちません。他者のコピーを重ねていくことでやっていき、他者の中の像を参照することで形を持っています。ちょっと説明しづらいので本編を読んでください。 

 

 敵はそんな彼女にお前は生物ではないと呪文をつきつけます。「不完全なコピー」は「本物」には適わないのか。これは第 2 章で扱われた、「本物」の英雄相手に、感情を制御しないと戦えない、その強さのよるところは他人の努力の積み重ねであるという「偽者」のシナモリアキラがどう立ち向かっていくか、というところにも通じます。 

 

 この本物と偽者というのはこの作品の重要な主題の一つと言っていいでしょう。オタクが好きなやつですね。メタ的にもそうで、『アリュージョニスト』は多くの既存作品・神話・果てはネットミームのネタを引喩 allusion 的に多く使用しています。オタクが好きなやつですね!

 

  第 4 章は再びシナモリアキラの話です。ここからめちゃくちゃになってくるのですよね。最強の男と未来日本からの追っ手にボコボコにされます。ボコボコにされた彼はリベンジのために歴史を改変しておとぎ話に出てくるような英雄たちを味方につけることになります。そしてリベンジマッチまでが第 4 章の前半です。

 

 呪文使いなら再解釈によって過去を改変できなくもないのですが、アキラは呪術系統でいうと「杖」の人です。魔法の杖の杖ではなく歩行杖の杖ですね。これは身体性の拡張となります。われわれの自然科学と工学のようなもので、再現性のあるものを扱い、また神秘を解明することで貶めます。そんなものでどうやって歴史を改変するのか? まあ考えながら読んでみてください。

 

 自然科学と神秘現象が共存する世界というのもオタクが好きなやつですね。この世界の科学・杖は高い水準にあり、銃ぐらいならあります。ある事情により戦場における主武器とはなっていないのですが。

 

 後半は、今まさに締めに入ってきているっぽいのですが、色々あって群雄割拠の戦国時代になります。第 4 章後半ほんとうに良くて、主人公が概念になって分裂したり不死者がゴロゴロ出てきたり*3球技やったりするのですが、ちょっと紹介しきれませんね。ちなみにこの間までは地下アイドルバトル編をやっていました。 

 

 大きな筋の「呪術の四系統をそれぞれ得意とする四人の魔女が女神を目指して競い合う」というのも紹介していないし、第 3 章の誰と誰がかわいいとか第 2 章から登場する武人がいいキャラしているとかの話もしていないんですが、設定についてもキャラクターについても本当に色々あって、書いていたら時間がいくらあっても足りないので今回はこのぐらいにしておきますね。ありがとうございました。

*1:どちらについても後日記事を書く可能性あり

*2:そんなわけあるか! と思われるようなことに作中の理論によるもっともらしい理由付けがなされて納得させられてしまうのはこの作品でよくあることです。これがまた良いんだ

*3:むしろここに来るとだいたいの登場人物が不死ですね。モブも不死です